認知症対策

毎日のおつかい

ついに「コッペパン事件」が起きてしまった。

 

最近、わたしが在宅で仕事をしているとふらっと家を出て行くことが増えていた。
とはいえ、外に出るといっても近所を10分くらい歩いて帰ってくる程度だったので、最初のうちは「まあ、気晴らしになるならいいか」と深く考えていなかった。

 

でもある日、仕事から帰ってくると、テーブルの上に見慣れた袋が3つ。
全部、コッペパン。しかも中身はいちごジャムとマーガリン。全く同じ。

 

「これ、どうしたの?」と聞くと、親父殿は外を指さしながら「行ってきた」と満足そう。

 

どうやら近所のスーパーで買ってきたようだ。
たしかに以前はよく買って食べていたなぁと思い出した。

 

そして一瞬、会計しないまま持ってきてしまったのかと不安になるも、小さなビニール袋にレシートが入っていた。

 

 

はじまりは“小さな外出”だった。

 

それからというもの、毎日のように親父殿はスーパーへ出かけコッペパンを何個も買って帰ってくるように。
せいぜい1つの半分くらい食べればいい方で、ストックだけが増えていく。

 

お金も食料も無駄にはしたくないものの、わたしが仕事に行っている間に買ってきてしまうのでどうにもできない。
仕方がないので仕事先のパートさんに事情を話して息子さんのおやつに食べてもらうことにした。

 

 

数日後のわたしの休日。わたしは親父殿に隠れてスーパーへついて行ってみた。

 

スーパーにつくと親父殿はレジのパートさんに手を挙げて挨拶。パートさんも笑顔で挨拶してくれている。
そのままおもむろにパンコーナーへ向かうと3つのコッペパンを手に取りレジへ。

 

やはり一人で会計はできず、レジのパートさんが小銭を一緒に数えて会計してくれていた。
そして無料の小さなビニール袋にコッペパンとレシートを入れてくれた。

 

 

その後、親父殿がスーパーを出るのを見届けると、わたしはすぐサービスカウンターへ向かった。
いま買い物をした男性の親族ですと伝え、ご迷惑をかけてないかと聞いた。

 

するとスーパーでも有名(?)らしく、すぐに責任者の方がやってきた。
「ご家族の方ですか? お父さまが毎日同じものを大量に購入されていて、ちょっと気になりまして…」と。

 

事情を説明するとお店の方も納得してくれ、わたしの連絡先を教えてなにか迷惑をかけることがあれば連絡してもらうように頼んだ。

 

聞くととどうやら一日に数回はスーパーに行っているらしい。
こちらとしても、まさかそんなに毎日同じ行動を繰り返していたとは思わず、愕然とした。

 

重ねてお詫びすると、責任者の方は元気なときから何年も買い物にきてくれていたし、事情もわかったので大丈夫だと言ってくれた。

 

 

わたしは普段、仕事帰りに駅前で買い物を済ませていたのだが、これからはすべての買い物をこのスーパーですることにした。
親父殿のことも聞けるし、日々の買い物をすることで多少でもわたしの気持ちが楽になる。

 

 

親父殿の“買い物”は、もしかしたら「社会とのつながり」なのかもしれない。
親父殿にとってスーパーに行くという行動は、単なる買い物ではなかったのかもしれない。わたしと家以外の世界との繋がりだ。

 

 

放っておけない。でも止められない。
「なんで何度も行くんだ!」と怒鳴ったこともある。でも親父殿はきょとんとしてなんで怒っているのかわからないといった表情。

 

悪気がないのはわかる。
だけど、ひとりで外を歩くことがどれだけ危険か、どれだけわたしの心配を増やすか--それをもう、説明しても理解できる状態じゃないんだと痛感した。

 

コッペパンを手に取る。レジの店員さんに挨拶をする。誰かのために何かを買って帰る。
その一つ一つが、親父殿の中では「生きている実感」なのかもしれない。

 

 

そこで、わたしはGPS端末をショルダーバッグに入れることにした。

 

もともと使っていたバッグにさりげなく入れておくことで、親父殿に抵抗感を与えずにどこにいるかを確認できるようになる。
そこそこ大きいが、充電が長持ちするのはいい。

 

これが思った以上に効果的で、「あ、家を出た。またスーパー向かってるな」と事前にわかればわたしの帰宅後のイライラも軽減するし、万が一、迷子になってもなんとかなる。

 

 

GPSで居場所を把握しながら、本人の「やりたいこと」「行きたい場所」を極力尊重する。
周りの方に迷惑はかけられないし、いつかは限界がくる。

 

でもその中で、いかに安全を守るかを考える方が、お互いにストレスが少ないのだと思う。

 

これからもきっと、親父殿の「毎日のおつかい」は続くと思う。

 

でもそれでも、事故なく過ごせるように。
そしてなにより、親父殿が“笑顔で帰ってこれる”日々を守っていけたらと思うのだ。

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